すべての人間がもつ“次世代への継承”という根源的な欲求
ナラティブ・アプローチを専門とする立命館大学 総合心理学部の安田裕子教授は、初めて研究に取り組んだ修士論文のテーマとして、子どもが授からなかった女性たちの経験をとらえることを選んだ。 ナラティブ・アプローチでは個々の物語を集積し、その多様性を尊重しつつ、共通点や傾向をつかんでいく
人間には『何かを次世代に繋いでいこう』という根源的な欲求があるのではないでしょうか。子どもを産み育てることだけでなく、口承、書き物、造形物などにより何かを残そうとすることもあります。教育者や企業人、芸術家などとして後進を育てたり、社会貢献を通じてそれを実践する人もいるでしょう。地域社会で多世代が触れ合うなかで、人びとが互いに育ち合いながら何かが残されていくようなこともあるでしょう。自分らしい生を営みながら、結果として何かが次の世代に受け継がれていくこと、何かを受け継いでいこうとすること。こういったことに比較的早いころからどこかしら関心をもってきたように思いますが、それが時間経過のなかで確かな問いとなりました。 上に述べたように、産み育てることは次世代継承のひとつのかたちであり、また、さまざまな生き方が認められるようになっている昨今ですが、子どもを産み育てる自己像を当たり前のように思い描いてきた女性たちにとって、それが叶わない現実に直面することの衝撃は、極めて大きなものとなりえます。そうした断絶ともいえる出来事をどのように乗り越えていくのか、その辛苦の経験から何か立ち上がってくるものがあるのではないか、と考えるに至りました
以下では論文「子どもを得ず不妊治療を終結する女性の意思決定プロセス」を基に TEMを用いた不妊治療終結を決意するに至る理由を探る。
TEM図
第1期:治療すれば妊娠できると信じて開始する~治療を繰り返しても結果が得られない までの基本のTEM図

第2期:繰り返し治療することに疑問を抱く~不妊治療を終結する までのTEM図

詳細
年齢は,40歳代6名,50歳代9名であった.治療期間は,4~12年であり,面接時は,治療終結後1~12年であった.不妊症の原因は,女性因子12名,男性因子2名,両方1名であった.
過程

きっかけ
治療開始は,結婚し2人の生活が落ち着いた頃に,子どもが欲しい気持ちが浮上し,自然妊娠しないため受診。
その際に必ず通るポイントとして、「治療を周囲の人に伝えるか否か」という二つの選択肢があることが分かった。
分岐点1:治療を周囲の人に伝えるか否か
治療開始後,仕事の有無に関わらず,「治療を身内や友人に伝えるか検討する」BFPが発生
治療を伝える時の周囲の「まずは聞く」という姿勢が、治療を伝えるかどうかトリガー
「母は何でも相談できる存在.分かってくれる」
のように「A1:治療を伝える」選択は「周囲のまずは聞く」という体制があるかどうかが問題。
「上司に,子どもは自分達を成長させてくれる,早く作った方がいいと言われていたので伝えた」
あるいは、アドバイスをもらえるなど普段からそのことを話題にしている場合には治療を伝えやすい傾向にあった。
いずれにせよ、仕事との両立が厳しくなれば同僚や知人に伝える選択をする。
周囲の「期待」と「自分でできる」が何も言わなくなるトリガー
「長男の嫁,義父は期待していたから義父母には内緒でした」
のように「A1':治療を伝えない」選択があった。
「誘発剤さえ使えば妊娠できるから言わない」
あるいは、「自分でどうにかできる段階かもしれない」 という考えがあるのだろう。
必須通過点:治療の結果がでない→簡単ではないことを自覚し、改めて治療に向き合う
ここのフェーズを箇条書きにすると次の通りだ
- 「簡単ではないことを認識し治療への向き合い方を検討する」
- C':不妊に関する情報を収集し良いと判断したことを取り入れる.
- ex)「仕事をやめたので,ジム,漢方などとにかく少しでもいいと思われることはやる.治療のことしか考えられなくなり,情報誌も買って情報を得る」
- 「C:期限を決めて治療に向かう」
- ex)「40歳までは取りあえず頑張ろうと目標を決める」
- C':不妊に関する情報を収集し良いと判断したことを取り入れる.
- 気持ちが続かない
- 「努力してもできないことがあると,初めて思い知らされた」
その後,全例が期待に反し結果が得られない体験をしており,「結果が得られない」が必須通過点OPP③となっていた.そして,「簡単ではないことを認識し治療への向き合い方を検討する」BFP②が分岐点となり,「仕事は他の人が代われるが,治療は私がするしかないと思い仕事をやめた」のように「B:治療優先の生活にする」選択と「治療中の夫婦生活は決められた形で,ロボットのように感じ,嫌になり病院を離れた」のように「B':治療を中断する」選択に分かれた.この時点で,「B':治療を中断する」選択をしても,「治療再開を検討する」選択をし「治療を再開する」場合や,「養子を検討する」選択をしたが「養子を断念する」こととなり,「治療を再開する」場合があり,いずれの場合も,「B:治療優先の生活にする」選択に至っていた.
必須通過点:治療から開放される方法を考える
- 気持ちが続かない
その後,「情報も欲しい,辛い気持ちを打ち明ける友人も欲しいと思い,ネットで自助グループを探し入会した」のように「D:治療を続ける気持ちを維持するために様々な努力をする」選択と「私が死んだら保険金が入る,それで夫も生きて行ける,事故か何かで死なないかなあと常に思う,夫に子どもを抱かせてあげたい,身を引くというのもある」のように「D':治療から解放される方法を考える」選択に分かれた.また,始めは「D:治療を続ける気持ちを維持するために様々な努力をする」選択をしても,その後「D':治療から解放される方法を考える」に進む場合もあった.「D ':治療から解放される方法を考える」では,「他の女性と子どもを作ってもらった方が夫も幸せだろうかと離婚も話題にした」「一度治療をやめたら授かったという情報もあるから一度治療を休んで,夫と自由に過ごすことにした」のように,「離婚を考える」や「治療を中断する」選択をしていた.しかし,気持ちを持ち直し,「治療を継続する・再開する」に至り,「ネットで検索し35歳以上の不妊の仲間の掲示板を見つけた.皆同じ気持ちであることを知り,ちょっとだけ落ち着いた」のように「D:治療を続ける気持ちを維持するために様々な努力をする」に至っていた.
治療終結決定のきっかけ:繰り返し治療することに疑問を抱く

- 治療を諦めなければならないことを意識
- 「教え子の結婚・出産報告の年賀状に限界を感じ始めた」
- 治療を中断する
- 「医者の共感力のない、心無い言葉に腹が立つ」
- 「夫が面倒そうな態度をとる」
- 「お金の出費だけで成果が出ない」
- 治療を続ける
- 「夫や仲間が支援してくれる」
- 「年齢に焦りを感じる」
- 「周囲からのプレッシャー
- 「母親になりたい」
- 治療の限界を意識する
考察:人は自分の周囲の人間の成長を感じて、初めて老いたと言える。:社会から身を引くべきでは?という考え
治療を辞めるかどうかの葛藤,専門家への相談の有無
- 治療の限界を意識する
- 治療を諦めるかどうかを葛藤する
- 医者や「自助グループ」に相談する
- 「期限を決めて治療を続ける」
- 「治療を中断する」
- 「可能な限りできることをやる」
- 「50歳の出産報道に,背中を押された」
- 相談せず諦める理由付けを始める
- 「授かるかどうかは自分ではどうしようもない.神の領域だ」
- 「自分にできることはもうないと思う」
- 「医者は可能性がないと感じていると思う」
- 「家族の看病が始まった」
- 医者や「自助グループ」に相談する
- 治療の限界を現実のものとして理解する
そのように治療を続ける中で,「教え子の結婚・出産報告の年賀状に限界を感じ始めた」のように,治療を諦めなければならないことを意識し始め,「治療の限界を意識する」が必須通過点OPP⑥となった.そこから,「治療を続けるか・諦めるべきか葛藤する」BFP④へ至り,「F:医師や自助グループに相談する」選択と「授かるかどうかは自分ではどうしようもない.神の領域だ」のように「F':相談せず諦める理由づけを始める」選択,「年齢的に産めないって分かってくるけど,執着してしまう.養子縁組を考えた」のように「F'':養子を検討する」選択に分かれた.「F'':養子を検討する」選択をした場合は,「養子縁組を考えたが,夫と義母に反対された」のように「養子を断念する」ことで「F':相談せず諦める理由づけを始める」に向かった.
考察:自分の力が及ばない範囲が出てきたとき神頼みや自分にできることはもうないと感じている。
意思決定に影響する要素
- 年齢・身体変化の自覚
- 費用や医療の限界の認知(やれるだけやったんだからな)
- 家族の看病
- 夫や親からの承認や気持ちを尊重した医師の対応
- 命の有限性の自覚(40~50代の人間は周囲でガンなどの病理にかかることが少なくない。残りの人生を治療に充てるべきかの葛藤が生じる)
- 産まれる子どもが負うリスクを考える
などが影響していた。
また、少なくとも以下の二点はどの不妊治療にも共通するBFPであった。
- 治療の継続への葛藤
子どもを得ず不妊治療を終結する女性の意思決定過程は,治療の限界を意識し,治療を継続するのか,または本当に治療を諦めてよいのか葛藤し,相談する選択や相談せず病院に行かない選択を行なう
- 別の理由付けが発生する
子どもを得る別の方法の検討や諦める理由づけをするなどして,治療終結の決断に至っていた.
from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/37/0/37_37026/_article/-char/ja/
参考
from https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/37/0/37_37026/_html/-char/ja